人生と向き合う余裕を持とう
先日、久しぶりに「人生企画書研修」のファシリテートをしたのですが、実に痺れました。
株式会社GOOD and MORE(旧マングローブ)の21年の歴史の中で、数々のオリジナル研修を開発して提供してきたのですが、この「人生企画書研修」には特別の思い入れを持っています。
40歳で独立する際に、初めて自分の「人生企画書」を作りましてね。心機一転これからの人生を見通した思いを持って起業しようと考えたわけです。
39年間の人生を振り返り、色々なことを棚卸しして、将来を考えました。
将来については、この世を去る日程を決めたんですね。
もちろん根拠などは何もないのですが、これぐらいまで生きられたらよいなあ・・という希望です。
その上で、その日までの仮の年表を作りました。
その際に、家族の欄も作って、何歳でどの時期にどのようになっているんではなかろうかという想像をめぐらしました。
これは実に不思議な体験でした。
1.過去の振り返りと棚卸しからの学び
生まれてから独立までの39年間の年表を作り振り返っていく中で、最も自分にインパクトを与えたのは、今の自分につながる「人生のターニングポイント」でした。
・リクルートに入社した時
・リクルートコスモス(当時環境開発、現コスモスイニシア)に移った時
・リクルート事件の時
・人事部長になった時
・バブル崩壊のリストラの時
これらが大きなターニングポイントなのですが、小さなターニングポイントも整理するといくつも出てきました。
このターニングポイントにおいて
・うまくいったことと、本当はこうすればよかったと反省するところ
・今につながる最も重要な学びとは何か
・当時自分を助けてくれたフォロワー(支援者)は誰でどのように助けてくれたのか
これらを分析してみますと、仕事上の大切なこと、人として生きる上で大切なことがたくさん詰まっていたことが分かります。
振り返ってみますと、常に大きな事件、苦境の中でもがき苦しみ、それを乗り越える中で学んだことが全て今の自分の血となり肉となっているという感覚です。
とりわけ「フォロワー(支援者)」の存在のありがたさが、当時よりも色々な経験を経てきた今だからこそ分かるように思います。
当時の上司がそうだったこともあれば、愚痴を聞いてくれた友人だったこともあれば、妻だったこともあります。
時には、親しくしていただいている取引先の先輩が示唆をくださったこともあります。
ターニングポイントは、成長の節目であり、大袈裟に言えば一皮むけた経験でもあります。
一皮むけるというのは、自分のステージが変わるということです。
成長の節目を振り返ってみますと、自分の成長の決め手が何であったかに気がつきます。
ひとつは「経験」です。
何と言っても上に書いたように大きな事件、苦境を乗り越える「経験」が私を作ってきました。
仕事も第一線ではなく裏方ばかりでしたが、様々な経験をさせていただきました。
当時はそのことにくさっていた時期もありましたが、今になってみると今の自分に全て役立っており、無駄なことは何一つないと思えます。
もう一つは「人」です。
上記のフォロワーの方から学んだことも多いですね。
苦境を救ってくださった上司の言葉で自分の人生訓になっていることもありますし、20代の頃に仕事の仕方から遊び方まで指南してくださった大先輩が今に続いて、ずっとメンターでいてくださる方もいます。
最後は、やはり「本」ですね。
今は、読む時間の捻出に悩んでいますが、睡眠を削ってもかまわなかった頃は、二日に一冊は本を読んでいました。
一日に数冊という猛者も知り合いにはいますので、大したことはないのですが当時の忙しさからすれば努力したほうではないかと思います。
当時読んでいた本から講演などで引用することも多いこの頃です。
この、これまでの自分の「成長の決め手」を振り返ることはとても意味のあることだと思うのです。
インターネットの世の中になって、急に世の中の考え方や構造や、色々なものの枠組みが変わってしまったように思い込みますが、道具が変わってきただけで、人間の本質まで変わってしまったわけではありません。
人というものは、急にこれまでと違ったことをポンポンとできるほど器用ではないと思うのです。
10代20代の若い頃ならまだしも、管理職ぐらいの年齢になると、これまでの「成長の決め手」を強化することの方が得策ではないでしょうか。
そういう思いから私は、人生企画書を作った40歳の時から、「経験から学ぶ」「人から学ぶ」「本から学ぶ」という自分の過去の成長の3大決め手を強化するつもりで取り組んできました。
もっとも、この3つのことは実にありきたりの当たり前のことなので、過去を振り返るまでもないことなのかもしれませんが、自分のターニングポイントをありありと思い出すことで、その重要性を身に沁みて確認することができるのです。
2.死ぬ日を決めて残りの人生のプランを考えて味わった感覚
40歳で作ったバージョン1の人生企画書では、「2041年10月16日」を人生最後の日と定めていました。
これは82歳で死ぬことを意味し、当時の人生時間消費率は「48%」、残り時間資源は「44年」ということになりました。
平均寿命を超えればいいかなという程度の気持ちで決めたことなのですが、決めてからこの日までに何をするかを考え始めてから不思議な感覚を味わいました。
人は病気や怪我で死にかけたり、不慮の時にしか自分の人生の終わりを意識しません。
何となく、自分だけはいつまでも今の状態が続く意識で、とかく惰性でものを考えます。
不慮の時には決まって「いつ不慮のことがまたやってきてもいいように、いつ死んでも後悔しないように取り組もう」と決意しますが、それは三日坊主で終わります。
具体的なことを何も考えようとしないからです。
ところがこの世を去る日を決め、残りの時間をはっきりさせてものを考えると、残りの人生をどう生きたいかということへの思いは、数倍のリアリティーで自分の目の前に横たわってくるのです。
56歳の時に作ったバージョン5の人生企画書では、「2068年2月18日」が人生最後の日と、大幅に延長されました。
これは110歳で死ぬことを意味し、当時の人生時間消費率は「51%」、残り時間資源は「54年」となんと40歳で作った人生企画書よりも多くなってしまいました。
これには自分でも苦笑してしまうのですが、55歳の誕生日の時に残りの人生への意欲が満ち満ちておりまして、「ここが人生の折り返しではないか」と勝手に思い込んだわけなんです。
折り返しと思うということは、人生の残りも「55年」で110歳まで生きるということになります。
気合を入れるために、110人の皆さんに集まっていただいて55歳の誕生パーティーを開きました。「人生折り返しのキックオフにようこそ」という挨拶をさせていただきました。
3.人生の目的と理想像を常に掲げていることの意味
人生企画書の最も重要な欄は「人生の目的」と、それを実現するための、自分自身の「理想像」です。
実はこのようなことを書くのは人生企画書が初めてではありません。
30代の時に会社の研修で受けた「7つの習慣研修」で作った「ミッションステートメント」が最初でした。ミッションステートメントは、人生企画書で言っている「人生の目的」と「理想像」とほぼ同じ意味です。
ミッションステートメントを軸に日々を過ごすということはできてはいたのですが、「人生企画書」という形で、それまでの人生の歴史とこれからの展望を一枚で見える形にできたことは非常に大きなことでした。
それにしても、今時、管理職に「人生企画書研修」を実施する決断をされるとは、何とも素敵な企業です。
人は余裕がなければ変わることができないと思うのです。それはどのような余裕かというと、「将来のことを考える」という余裕です。
今すぐに役立つことに資源(時間とお金と労力)を投入しようとばかりするこの世の中の傾向の中、管理職の研修で二日間も「じっくりと自分の人生を考える」という時間を作ることができるこの企業様の姿勢にあらためて胸打たれる二日間でした。
【今野誠一の人生の目的と理想像】
さて、私の「人生の目的」と、それを実現するための「理想像」ですが、研修で見本として皆さんに見ていただいています。人生の指針としてとても大切にしているものです。

近々、今一度、今野 誠一の人生企画書を描き直してみようと思っています。
最後に繰り返しておきたいと思います。
人は、余裕がなければ変わることができないと思うのです。
それはどのような余裕かというと、「将来のことを考える」という余裕です。