K氏の思い出

10月からメールマガジンを再開しました。

再開第1号のコラムには、私が前職人事部長時代の苦い思い出の話を書きました。

K氏はもう亡くなってしまったのですが、私が目指していた師匠の一人でした。

【バブル崩壊での人員削減】

今から30年も前の話です。

当時人事部長をしていた会社で、バブル崩壊による経営危機に陥り大幅な人員削減をせざるをえなくなりました。1600名の社員を半減させなくては経営が立ち行かないという中、グループの各企業に人員の受け入れを要請して回りました。

グループの中に、岩手県の名門ホテル、リゾートホテル、スキー場、ゴルフ場などの企業がありました。

東京の不動産会社でビジネスがしたくて入社した社員たちを、縁もゆかりもない土地の、まったく異業種の仕事に携わってもらうことは心の痛むことでしたが、その時は一刻を争う状況で実行あるのみでした。

その一大ホテル&リゾート会社を率いていた代表取締役総支配人のK氏を訪ねました。 一人でも多くの社員を受け入れていただきたいことと、具体的に話を進める段取りについて相談に伺ったわけです。

【電光石火の緊急招集】

ホテルのティールームでK氏とお会いし、用件を一通りお話すると、K氏はおもむろに「なるほど、話は分かった」とだけ言いました。

そして、ラウンジのスタッフに電話を持って来させて、その場から、ホテル、スキー場、ゴルフ場、開発会社などの各社、各施設の責任者に次々に電話をかけ始めます。

「これこれこういう話だ。詳しくは本人から説明してもらうから、とにかくできるだけ早くホテルのラウンジに来い。できれば1時間以内だ」「会議?何の会議か知らんがそれは後回しにしろ。今大事な客が来ていてお前たちに頼みがあるんだ。とにかく1時間以内に来てくれ」と緊急招集をかけます。

急な話でさすがに1時間では無理でしたが、2時間後には集合してくださいました。

この電光石火の早業には言葉もありませんでした。

「分かった検討して連絡する」というのが普通の展開かと思うのですが、集まった責任者の皆さんにその場で私から事情と、やっていただきたいことをプレゼンして(急なことで資料も何も無く、必死の口頭説明です)、人員の受け入れを直ちに検討していただくことになりました。

【翌日にはほぼ決定】

そして話はまだ続きます。

K氏はこう私に切り出します。 「君は、いつ帰るんだ?まさか帰るつもりじゃないだろうな。今日は泊まって明日各社の現場とできるだけのことを決めてから帰れ」と。

実のところ、私はまずは事情説明とお願いをして、ご検討いただいて1週間後ぐらいに「いかがでしょう?」と電話で状況をお伺いしようぐらいに考えていて、日帰りをしようと考えていたわけなんです。

ところがK氏は、すぐさま責任者を集めて直接説明をさせてくださったばかりか、泊まって現地を回って具体的に話を決めてから帰れ、というのです。一回の出張で一気に話は前に進むことになったのです。

【号泣した夜】

私は、翌日の東京での予定を全てキャンセルして、その日はK氏が用意してくれたホテルの部屋に泊まることになりました。

あれよあれよという一日を終えてホテルの部屋に入ると、なんと豪華なフルーツ盛りがテーブルに置いてあるではありませんか。そこにはこんなメッセージが添えてありました。

そのメッセージを読んで、私は不覚にも堰を切ったように号泣してしまったのです。

「今野君へ 君が一番辛い思いをしていることは分かっている。K」

会社が急に倒れそうになり、急遽リストラ計画が決まり、人事部長として自分で採用した思い入れのある社員たちに、心ならずも辛い仕打ちをしなくてはならないことに折れそうになった私の心に、その言葉は激しく刺さったのです。

仕事の仕方、人への向き合い方、とりわけ窮地に陥っている人との接し方を学んだ、一生忘れられない一泊二日の旅でした。

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